なんか凄いな、俳句
最近、ちょっと俳句に興味がわいています。
きっかけは、たぶん何気にテレビをつけて見ていたら、いろんなタレントが季語に四苦八苦して、それを俳句の先生がビシバシ添削していくのが面白いなと思ったんですね。
そう、毎週木曜日にやっている「プレバト」のことです。
最初のころは、夏井先生の言っていることが、訳が分からなかったのですが、だんだん慣れてきたのか、最近少しはわかるようになってきました。
夏井先生によると、ペンとノートさえ持っていれば、どこでも俳句は書けるので、これはお手軽でお金のかからない趣味だと絶賛されています。
よくプレバトで夏井先生が、「こんなものいらない!」、「こりゃ、散文的すぎるわ!」と文字を消したりしていますが、この散文的すぎるの意味もわかりませんでしたので、調べ始めました。
そして、「たぶんこうだったんじゃないか劇場」が浮かんできました。
俳句の世界では、
- 季語は本当に意味が強い
- 日本語の名詞にも、想像力を掻き立てるように意味が強いものがある
- 季語と名詞でドラマができる
- 動詞をへたに使うと散文(説明文)になり、つまらなくなる
- 動詞を使っている俳句が意外と少ない(動詞がなくても成立する)
と思ったのです。(あくまでも私の感想です)
いままで何の気なしに話したり、書いたりしていますが、凄くないですか? 俳句が凄いのか、日本語が凄いのか、17音で想像力を大きく刺激するのです。
上の仮説をもって「プレバト」を見ると、それほど外れていないんじゃないかと、勝手に納得しています。(どうしても分析してみないと気が収まらない自分がいるらしい 笑)
絶賛されている俳句の何が素晴らしいのかは、まだまだ、よくわかりませんが、名詞の使い方って、もしかしたらコピーライティングに役に立つのではないかと、考えています。
しかーし、ペンとノートを持って、外にでかけたら、俳句が作れるのかな?
こちとら全くのど素人で、「そんなん、無理です」と心の叫び声が聞こえますので、とりあえず、「夏井いつきの365日季語手帖」を購入し、季語の勉強から始めています。
こちとら、最低限のインプットがないとアウトプットできないのです。
来年には、投稿にチャレンジしてみたいと思う、今日この頃です。
それでは、また。